就職活動中の皆さんこんにちは、スペース・オブ・ファイブ株式会社代表取締役の四十万(しじま)です。早速ですが、当社の理念とそれに伴う採用基準について私の考えをお伝えします。
最初に、私のこれまでの経歴についてお話致します。私は1959年(昭和34年)産まれ、今年満52歳です。私の世代は、巨人・大鵬・卵焼きと言われる世代です。この世代は、日本が高度経済成長を遂げた昭和40年代にこども時代を過ごしました。右肩上がりの時代で、誰もが将来に向けて明るい未来をしんじて疑いませんでした。その象徴が大相撲の大横綱大鵬です。夕方、大鵬が大相撲で連勝するのをテレビで観戦し、その後に続くナイター中継では、王・長嶋がホームランを放ち、巨人が勝利を収めるのが当たり前の日々のくらしの風景でした。
中学を受験した私は、慶應義塾中等部に入学し大学を卒業するまでの10年間、慶應で学生生活を送りました。
私の時代の就職活動は皆さんとは違って、就職協定と言うのが厳格に施工されていた時代でした。大学4年の10月1日に会社訪問が解禁され、多くの大企業の内定が3日に出るという、一発勝負の時代でした。ここで志望する企業に入れませんと、他の大企業の入社試験を受けられません。ですから良いか悪いかは別に、自分の進路を真剣に考えざるを得ませんでした。どうしても商社に行きたいと思っていた私は、伊藤忠・日商岩井(現:双実)・三井物産・丸紅のみ受験しました。当時の私の学友もこのように業界を絞って受けていました。銀行を希望する学生は銀行のみ、マスコミを希望する学生はマスコミを集中して受験するそういう時代でした。
幸い、私は希望する商社に入社する事が出来ましが、都市銀行を希望していた友人が大手都市銀行に入行叶わず、当時はあまりメジャーではなかった外国銀行に已む無く就職した友人もおりましたし、マスコミ業界入社叶わず、百貨店に就職したものの、自分の夢を諦めきれずに、中途採用でNHKや民放に転職した友人もおります。
時代は変わっても、就活中の皆さんにとっても、悲喜こもごも、人生の何度かある大きな勝負時を迎えているのに変わりはありません。ですから、私がまず皆さんに申し上げたいのは、自分が何をやりたいのか?そしてどうやって生計を立てて生きたいのか?それをまず徹底的に自分の中で考えて欲しいと思うのです。
◆入社を志望した動機をいつまでも大切に!
さて社会人生活が始まりますと、今度は自分の希望する部署に配属されるのかどうか、職場はどんな雰囲気なのか、上司はどんな性格なのか?果たして自分は社会で通用するのか?などなど、入社後も心配のタネは尽きません。そんな時は常に原点にかえる事が重要です。つまり自分が何故この会社を選んだのか?その初心にふりかえってみる事が出来るか出来ないかがその後の人生を大きく左右する事になります。これが出来れば、どんなに辛い事があってもたいてい、乗り越えて行くことが出来ます。ですがそれでも人生の転機が訪れます。もちろん、私にも訪れました。そして初心に還った結果、今の進路を選択し現在に至った訳ですが、その決断をした時の気持ちは、伊藤忠商事を受験した時と変わらなかったと記憶しています。つまり大切なのは、何をしたいか?です。なぜなら、自分がしたい事をやる事が目的であって、会社選択や、どうやってやるかは手段に過ぎないからです。最近の学生さんは企業研究に大変熱心で、どうやってやるのか?といったHOWについてはとても詳しいのに驚かされます。しかし、肝心の何をしたいの?に答えられない学生さんが多いのにも驚かされます。それは会社が決める事、上司が決める事と考えている学生さんが多いようです。それではどこの会社に行っても通用しません。自分の人生です。自分で決める勇気とどんな困難にもめげない夢を持ち続ける事が求められているのです。
■日本の文化の継承がわが社の理念です!
◆商社マン時代世界80カ国以上を駆け巡りました。
20〜30代と世界中を駆け巡っていた私ですが、世界各地に赴けば赴くほど、日本の事が気にかかるようになりました。ある時、アメリカのシカゴにお客さんをお連れした時の事です。仕事を終え、夕食を共にするそのアレンジは商社マンにとっては、イロハのイです。ホテルのコンシェルジェに聞いて、地元の有名レストランを紹介してもらいました。そこには有名タレントもお忍びで来店する事があるという地元の方でしか知らない名店ステーキハウスでした。早速予約してお客さんをお連れした所、アメリカンステーキに皆さん、上手い!≠フ大合唱、お店を出る前にはダスティホフマンまで来店して来て、生で至近距離から観る事が出来たオマケつきでした。お客さんに満足してもらった私はほっとした気持ちでしたが、事件は翌日起きました。日本への帰国をその翌日に控えた最後の晩餐、それまでの西洋料理に飽きが来た雰囲気の中、日本の居酒屋風レストランに入りました。メニューは勿論日本語で、勿論会話も日本語です。皆、それぞれ、自分が食べたいメニューを頼んでいましたその時、山元さんという方が厚揚げを食べながらビールを飲んでいた一言が今でも私の脳裏に焼き付いているのです。四十万さん、普段食べているものが一番美味しいですね。℃R元さんはそれまで、ご自分から今日は何を食べたいと一言もリクエストなさらず、食べた後も文句も言わずと、とてもありがたいお客さんでした。前日、ステーキも美味しそうに食べていた山元さんですが、厚揚げが一番美味しいというその一言に私も思わず、それはそうだな・・・と心の中で呟いたのでした。
◆21世紀世界で活躍する日本の若者に日本文化の継承が求められているのです。
山元さんの好物の厚揚げは皆さんも一度は食べた事があるでしょう。普段の生活の中で当たり前のように食べているおふくろの味に集約される日本の食文化ですが、レトルトパックやコンビニ弁当の普及で、当たり前のものに対するありがたさを見失ってしまっている、そんな感じがします。世の中、二言目には差別化と言いますが、当たり前のものにこそ真実があるのです。当たり前のもの継承、それが当社の理念です。
◆当社の職場の目標はサザエさん一家です!
家族が全員集う食卓こそ、日本のまほろばです。日本の住文化・食文化の究極のシーンと言えるでしょう。そこではわけ隔てなく、自分の考えや意見を申し述べ、他人の意見に耳を傾ける、私が目指している職場の理想がそこにあります。
◆当社の採用基準は地頭とやる気です!
私は社員を、丸テーブルを囲む家族と考えています。その家族の一員としてお迎えするためには、自分の意見をちゃんと他人に伝え、人の意見に耳を傾け、他人の意見を取り入れる事が出来るコミュニケーション能力が重要です。そしてこのコミュニケーション能力に支えられた考える力=地頭を持っている若者かどうかを判断基準のひとつとして大切にしています。
そしてもうひとつの基準がやる気です。ベテランに比べ、時間と体力に余裕のある若者がその能力を開花出来るかどうかは、最終的に本人のやる気にかかっています。このふたつが当社の判断基準です。
■あの素晴らしい厚揚げをもう一度!
経営者としての私にはいまだに夢があります。その夢を引き継いでもらえる人材を育てる事が私の最大の責務です。会社設立から7年の当社ですが、今のビジネスをまずは日本のマーケットで軌道に載せ、その後は中国・韓国を中心とした東南アジアへの進出が私の頭の中にあります。そしてその夢を実現した時、社員とともにビール片手に厚揚げを食べられる瞬間が来る事を期待しています。
平成23年6月16日
四十万 靖
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